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2016年2月24日発売 RES-274〜275(2枚組) 定価¥3,800(本体価格)+税 POS 4525506002342

ジュリエット・グレコ「メルシー」

サン・ジェルマン・デ・プレのミューズ――ジュリエット・グレコ
“今、歌いたい曲” をテーマに、グレコ自身のアイディアが形になった
素晴らしいオールタイム・ベスト!


究極のベストアルバム+新録 全38曲収録
日本盤のみボーナストラック、
オリジナル・ブックレット(8ページ) +92ページのブックレット付き!
アルバム・曲解説、歌詞・対訳、日本のファンに向けてのグレコ直筆メッセージ、オリジナル・ライナーノートの対訳付き(解説・対訳:中村敬子)

ステージからの引退を表明したグレコが全てのリスナーに「今まで応援してくれてありがとう! メルシー!」と感謝を込めて贈る、素晴らしいベスト・アルバム。


■アルバムの内容
1951年の初レコーディング以来数多くのアルバムをリリースし、常にシャンソン界のフロントラインに立ち続けたジュリエット・グレコ。いい時もあれば、フランスのコンサートで客席が半分も埋まらない時もありました。「もし私がコンサートでいい加減に歌ったら、今日のお客さんは二度と私を聴きに来てはくれないだろう」と、どのような状況でも常にベストを尽くしたグレコ。
そして2015年4月、その長いキャリアに終止符を打つことを表明しました。コンサートからの引退を発表したのです。「舞台の上で疲れたと感じたことは一度もない。まだまだ歌い続けられるけど、美しく去ることも知らなくてはならない」と自身の決心を明らかにしました。
その後スタートした最後のコンサートツアー「メルシー!」はフランスのブールジュを皮切りにイスラエル、ドイツ、カナダ、イタリア、ベルギー、オランダなど特に思い入れの深い地域を回り、2015年12月と2016年2月にはパリで3日間のコンサートを行います。
2016年6月には23回目の、そして最後の来日公演も行われます。

その「メルシー!」と題したツアーに合わせてリリースされる作品が本アルバムです。「私の歌いたい歌を伝えたい」と本人が選曲のアイディアを出し、1951年レコーディングの「私は私」から、2013年リリースの最新オリジナルアルバム「ジャック・ブレルを歌う」収録曲まで、実に62年間のキャリアの中からセレクトしました。本アルバムのラストは全てのリスナーの方々に贈る新曲「メルシー」で締めくくられます。

“ありがとう 詩に 風に 命に
 ありがとう この割れるような拍手全部に アンコール”

(歌詞対訳から一部抜粋/訳:中村敬子)

全てを包み込む優しさを讃えた素晴らしい曲であり、現在のグレコの思い全てが詰まった一曲です。


■収録曲
DISC-1
1. Je suis comme je suis 私は私
大ヒット曲「枯葉」の作曲者ジョゼフ・コスマ作曲。1951年録音作です。
2. Je hais les dimanches 私は日曜日が嫌い
シャルル・アズナヴール作曲の1951年録音作です。
3. Sous le ciel de Paris パリの空の下
シャンソンの大スタンダード曲。この曲も1951年の録音です。
4. Coin de rue 街角
シャルル・トレネ作。1954年の録音です。
5. Si tu t'imagines そのつもりでも
1曲目と同じくジョゼフ・コスマ作曲。1959年の録音です。
6. Chanson pour l'Auvergnat 
オーヴェルニュ人に捧げる歌ジョルジュ・ブラッサンス作。1959年の録音です。
7. Les feuilles mortes 枯葉
世界中で大ヒットしたシャンソンの大スタンダード曲。1964年の録音です。
8. Il n'y a plus d'après あとには何もない
サン・ジェルマン・デ・プレに対するグレコからのオマージュが感じられる曲。1960年の録音です。
9. Paname パナム
レオ・フェレ作。1960年の録音です。
10. La cuisine 料理
「パリの空の下」の作詞者ジャン・ドレジャック作詞。1960年の録音です。
11. Jolie môme ジョリ・モーム
レオ・フェレ作。1961年の録音です。
12. C'était bien (Le p'tit bal perdu) 小さな踊り場
今は無くなってしまった思い出の小さな踊り場について。1961年の録音です。
13. Accordéon アコーデオン
セルジュ・ゲンズブール作の名曲。1962年の録音です。
14. Paris Canaille パリ・カナイユ
レオ・フェレ作のこの曲もシャンソンのスタンダード曲。1968年の録音です。
15. La javanaise ラ・ジャヴァネーズ
ゲンズブールがグレコに捧げた名曲。1986年の録音です。
16. Parlez-moi d'amour 聞かせてよ 愛の言葉を
日本でもお馴染みのシャンソンの大ヒット曲。1964年の録音です。
17. Un petit poisson un petit oiseau 小さな魚と小さな鳥
コンサートの定番曲として歌われている曲。1966年の録音です。
18. Déshabillez-moi 脱がせてちょうだい
この曲もコンサートの定番曲。少しドキドキする歌詞。1967年の録音です。
 
日本盤のみのボーナストラック
19. Mon Fils Chante 息子よ 歌いなさい
日本のファンには人気の高い一曲。ギリシャが軍事政権だった1970年代に書かれた曲。1972年の録音です。
20. Les Années D'Autrefois 失われし年月
この曲も日本のファンには人気がある曲です。1992年のライブ録音です。

DISC-2

1. J'Arrive 孤独への道
2013年リリースのアルバム「ジャック・ブレルを歌う Gréco Chante Brel」から、グレコにとって最愛の友だったジャック・ブレル作詞の1968年の作品です。
2. La chanson des vieux amants 懐かしき恋人の歌
この曲もジャック・ブレルの作詞。グレコの夫でもあるジェラール・ジュアネストとジャック・ブレルの作曲。1971年の録音です。
3. Le temps des cerises 桜んぼの実る頃
シャンソンのスタンダード曲であり、日本でもお馴染みの曲。1994年の録音です。
4. Les amants d'un jour いつかの二人
エディット・ピアフの歌唱でも知られている曲。2006年の録音です。
5. Mathilde マチルド
この曲もジャック・ブレルとジェラール・ジュアネストの作品。2006年の録音です。
6. Avec le temps 時の流れに
レオ・フェレ作の名曲。2006年の録音です。
7. La chanson de Prévert プレヴェールの歌
セルジュ・ゲンズブールの作品。2006年の録音です。
8. Le déserteur 脱走兵
ボリス・ヴィアンの作詩。2009年の録音です。
9. Le pont Marie マリー橋
2011年リリースのパリにある橋をテーマにしたアルバム「Ca Se Traverse Et C'est Beau」からの曲です。
10. Je suis un soir d'été 私は夏の夜
ジャック・ブレル作。2013年リリースのアルバム「ジャック・ブレルを歌う」から。
11. Le Prochain amour この次の恋
ジャック・ブレル作詞、ジェラール・ジュアネスト作曲。恋をせずにはいられない人間の性(さが)を歌い込んでいます。「ジャック・ブレルを歌う」から。
12. Amsterdam アムステルダム
アムステルダムの港に集う船乗りたちの事を歌った、ジャック・ブレル作の曲。「ジャック・ブレルを歌う」から。
13. Bruxelles ブリュッセル
コンサートの定番曲。この曲もジャック・ブレルとジェラール・ジュアネストの作品。「ジャック・ブレルを歌う」から。
14. Tango funèbre 葬送のタンゴ
自分の死に対する回りの人々の振るまいを歌い込んでいます。この曲もジャック・ブレルとジェラール・ジュアネストの作品。「ジャック・ブレルを歌う」から。
15. Ces gens-là あの人たち
ジャック・ブレル作。人間の本性を焙り出すかのような歌詞。「ジャック・ブレルを歌う」から。
16. Les vieux 老夫婦
歌詞がしみじみと印象に残る曲。「ジャック・ブレルを歌う」から。
17. Ne me quitte pas 行かないで
ジャック・ブレル作の世界的大ヒット曲。この曲も「ジャック・ブレルを歌う」から。
18. Merci メルシー
新曲。2015年10月に録音された素晴らしい曲。

DISC-1


DISC-2



■プロフィール
1927年南仏ラングドック地方モンペリエ生まれ。父親は家を出てしまい、母親と姉の3人で暮らす。第二次世界大戦中に母親がレジスタンス運動に参加したため、親子3人はゲシュタポに捕らえられ、収容所に送られる。グレコは歳が若いということで1人だけ釈放されるが、母と姉は1945年まで帰って来なかった。グレコは釈放後、15歳で無一物のままでパリの町に放り出される。
戦後、サン・ジェルマン・デ・プレ界隈で花開いたジャズと実存主義のムーブメントの中、サルトルやボリス・ヴィアンと交流を持つ。1944年から演劇の勉強を始めており、1945年、コメディー・フランセーズで初舞台を踏む。1949年には写真雑誌「ライフ」がグレコの写真を4ページに渡って掲載。そしてこの年マイルス・デイヴィスとの恋に落ちる。1950年本格的に歌手としてデビュー。サルトル、ボーヴォワール、カミュなどパリの知識人がステージを聴きに来る。1951年、初録音。3ヶ月のブラジル公演を行い、1953年から1958年は女優として「悲しみよこんにちは」「陽はまた昇る」などに出演。1959年セルジュ・ゲンズブールから曲を贈られ、歌に戻る。(1963年には名曲「ラ・ジャヴァネーズ」をゲンズブールがグレコの為に書く)。1961年11月初来日。三島由紀夫夫妻など多くの著名人が駆けつける。
1966年、ジャック・ブレルがステージから引退し、彼のピアニストだったジェラール・ジュアネストがグレコのピアニストとなり、1988年には2人は結婚することとなる。その後も数多くのアルバムをリリースし、1989年には9回目の来日公演を行う。1991年、1994年パリ・オランピア公演、1998年には15回目の来日公演。2002年ベルリンのフィルハーモニー・オーケストラとのコンサート、2004年10月の来日公演では同年2月のオランピア公演を再現。2014年には22回目の来日公演を果たし、大成功を収めた。





来日公演について

「ジュリエット・グレコ ラストツアー ” Merci! ”」は、
アーティスト本人の体調不良により中止させていただくこととなりました。

公演を楽しみにされていた皆様には、
ご迷惑をおかけしますことを、深くお詫び申し上げます。


払い戻し方法など、詳しくはこちらをご覧ください

   
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