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2015年3月25日発売 RES-265 定価¥2,500(本体価格)+税 POS 4525506002250

レネ・パウロ
「スターダスト〜スウィート・メロディー・フォー・ハワイ〜」 
 Rene Paulo “Stardust~Sweet Melody for Hawaii~”

ハワイを代表するピアニストによる至福のジャズ・スタンダード集。

「1960年代、大勢の日本人がハワイへやって来るちょっと前、
ワイキキには大勢のアメリカ人がいて、ジャズ・ピアノが流れていたんだよ」

――レネ・パウロ

アルバム&曲解説付き 2014年ホノルル録音

■アルバム内容

85歳を迎えるハワイを代表するピアニスト、レネ・パウロ。前作から2年8ヶ月ぶりとなる新作はジャズ・スタンダード集。18歳で名門ジュリアード音楽院に入学し、作・編曲から指揮まで、クラシック音楽を学んでいましたが、当時ニューヨークで流行っていたジャズに興味を持ちます。


「ジャズのインプロビゼーションに強く惹かれた。アート・テイタム、
ファッツ・ウォーラー、アール・ハインズなんかをよく聴いていたよ。
スタンダード・ソングも弾いていたし、コール・ポーターやデューク・
エリントン、ジョージ・ガーシュインなんかも好きだった」


1950年代はアメリカの軍属ピアニストとして来日し、軍の仕事と同時に渡辺晋氏率いるグループ「シックス・ジョーズ」に参加しました。さらに中村八大氏と親交を結び、その演奏は日本の社交界では「ジャズ・ピアニストの帝王」と呼ばれる程になりました。なお当時、渡米前の秋吉敏子にピアノを教えました。
1960年に入るとハワイに戻り、ワイキキで演奏活動を始めますが、レネの奏でるジャズのスタンダードは大好評を博しました。
本作は長きに渡り演奏してきたジャズのスタンダード・ナンバーを中心に選曲された、レネ・パウロならではの、ゆったりとした美しくロマンティックな演奏が堪能出来る作品です。
ハワイの海、空、風、匂いが立ち登って来る、まさに至福の一枚と言えます。

本作は2014年11月23日と24日の両日、ハワイを代表するピアノ調律師であった故Yoshi Nishimura氏が手掛けたピアノサロン“モーツァルト・ハウス”(ホノルル)にて録音しました。使用されたピアノはベーゼンドルファー設立175年記念・モデル225“スワロフスキー”をメインに、9曲目と15曲目のみベヒシュタインを使用しました。


■収録曲  収録時間66分

1. Moon river(ムーン・リバー)
2. When you wish upon a star(星に願いを)
3. In a sentimental mood(イン・ア・センチメンタル・ムード)
4. Stardust(スターダスト)
5. My wild Irish rose(マイ・ワイルド・アイリッシュ・ローズ)
6. Blue moon(ブルー・ムーン)
7. Over the rainbow(虹の彼方に)
8. Moon and sand(ムーン・アンド・サンド)
9. I loves you, Porgy(アイ・ラブ・ユー、ポーギー)
10. Time after time(タイム・アフター・タイム)
11. Someone to watch over me(サムワン・トゥ・ワッチ・オーバー・ミー)
12. Moonlight in Vermont(ヴァーモントの月)
13. Little girl blue(リトル・ガール・ブルー)
14. Tea for two(二人でお茶を)
15. Misty(ミスティ)
16. The more I see you(ザ・モア・アイ・シー・ユー)
17. Stella by starlight(星影のステラ)
18. At last(アット・ラスト)
19. Some other time(サム・アザー・タイム)




■レネ・パウロ プロフィール
1930年ハワイ、オアフ島ワヒアワ(ホノルルからフリーウェイで約40分)生れのレネは、フィリピン人の血をルーツに持ちます。4歳の頃母親が弾くピアノに興味を持ち、その後個人教授からピアノを習い始め、18歳になると、ハワイで生まれたフィリピン系アメリカ人の音楽家として初めてニューヨークのジュリアード音楽院へ進学しました。「クラシックやジャズを本格的に学びたかったんだ」と述べています。
朝鮮戦争時の1951年ハワイに戻り、その後アメリカ軍属のピアニストとして様々な所に赴任しましたが、その中で約2年間を日本で過しました。六本木や赤坂、銀座で「ジャズ・ピアニストの帝王」として日本の社交界のトップクラスの人々の前で演奏しました。また、日本では奥さんであり、歌手の“アケミさん”(日系の女性)と一緒にステージに立つ事もしばしばありました。尚、日本では中村八大氏と親交を結んだり、渡辺晋氏率いる「シックス・ジョーズ」のピアニストとして活躍しました。渡辺氏からは日本に止まって活動してはどうか、と提案されましたが、ハワイに戻り、1960年代からいよいよワイキキにて本格的な演奏活動をスタートします。
当時のワイキキは、“ラウンジ・ミュージックの楽園”と呼ばれる程、クラブやバー、キャバレー(総称してラウンジ)が多数あり、あらゆる場所でピアニストが求められました。船や、パン・アメリカン等の航空機で、アメリカから“夢の楽園”ハワイに大挙押し寄せる観光客の前で、ロマンチックなハワイアンやジャズのナンバーを奏でるレネと彼のカルテットは引っ張りだこでした。
1959年、アメリカ本土のリバティレコードから、ファースト・アルバムをリリースし、その後1970年までに18枚から19枚のアルバムをリリースしました。中でも「ここに幸あり」(英題「Here is Happiness」)はハワイで大ヒットを記録しました。
2002年には32年振りのアルバムを2枚同時にリリース。1枚はハワイアン名曲集、もう1枚はハワイの日系の人々に愛されて来た日本の曲(「ここに幸あり」「見上げてごらん夜の星を」などを収録)ばかりを集めたアルバムです。2003年にはハパ、ケオラ・ビーマなどハワイを代表するアーティストの名曲をカヴァーした「ワイマナロ・ムーン」をリリース。2012年にはマカナ、シリル・パヒヌイなどハワイを代表する15人のボーカリストと共演したアルバム「デュエット」をリリース。現在も現役で活躍している、ハワイを代表するピアニストです。


   
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